東京地方裁判所 昭和50年(ワ)2297号 判決 1978年8月22日
原告 山本貞吉 外一五名
被告 国
主文
一 被告は
1 原告山本貞吉、同山本きくのそれぞれに対し、各金七八〇万三四一二円
2 原告石川英樹、同真中純子それぞれに対し各金三九二万五〇〇〇円、原告ダウンス美智子に対し金七八五万円
3 原告長野初雄、同長野良貞、同松尾ナツヱ、同八島リヱ子、同長野隆喜、同安達マル子、同松木マキヱそれぞれに対し各金三二八万八七五六円
及び右金員に対する昭和五〇年五月七日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告山本貞吉、同山本きくの、同石川英樹、同真中純子、同ダウンス美智子、同長野初雄、同長野良貞、同松尾ナツヱ、同八島リヱ子、同長野隆喜、同安達マル子、同松木マキヱのその余の請求、原告鶴田貞二、同鶴田トメ子、同池上弘、同池上さつきの請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用中、原告鶴田貞二、同鶴田トメ子、同池上弘、同池上さつきと被告との間に生じた分は同原告らの、その余の原告らとの間に生じた分は被告の各負担とする。
事 実 <省略>
理由
一 亡山本、同石川、同長野、同鶴田、同池上がいずれも本件事故当時、陸上自衛隊第一特科大隊第一中隊所属の自衛官であつたこと、原告ら主張の日時場所で、右第一中隊長瀬堀一尉の命により宿営地へ隊員輸送中であつた亡池上運転の本件事故車(成立に争いのない甲第七号証によると、本件事故車は二・五トントラツクであることが認められる。)が国鉄御殿場線下り列車と衝突し、そのため本件事故車に同乗していた右第一中隊に所属する隊員一二名中、亡山本、同池上が即死し、同石川、同長野、同鶴田が受傷して同日死亡したことはいずれも当事者間に争いがない。
二 ところで、原告らは、被告は公務の管理にあたつて安全配慮義務を負つており、右事故は被告の安全配慮義務の履行補助者である亡池上、同鶴田、瀬堀一尉のそれぞれの債務不履行により惹起されたものであるから、被告は原告らに対し右事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある旨主張するので以下この点について判断する。
1 被告が公務員に対し、被告が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が被告もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたつて公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべきいわゆる安全配慮義務を負つていること、本件において瀬堀一尉がその履行補助者であることは当事者間に争いがないが、右被告の安全配慮義務は、被告が公務の遂行に供すべき場所、施設もしくは器具等を設置管理もしくは勤務条件等を支配管理していることに由来するもので、したがつてその履行補助者も、単に上司の指示命令を受けて職務に従事する者は含まれず、少くとも被告の管理する物的設備もしくは人的設備に対する管理支配の職務に従事している者をいうと解するのが相当である。
証人瀬堀純一、同鷲見健一、同沖田豊治の各証言によると、亡池上は本件当時事故車の操縦を命ぜられ、その運転に従事していたにすぎないことが認められるから、同人は被告の安全配慮義務の履行補助者にはあたらないというべきである。もちろん亡池上は事故車の運転にあたつて細心の注意を払い、同乗者を危害から守るべき注意義務のあることはいうまでもないが、右義務は運転者としての義務にとどまり、被告の安全配慮義務とは異なるものといわなければならない。
2 そこで、次に亡鶴田が履行補助者にあたるか否かの点について判断する。
亡鶴田が本件事故車に車長として同乗していたこと、車長が職務として車両の安全運行に関する役割を担つていることは被告も認めるところである。
そして、成立に争いのない甲第八、第九号証、乙第二号証、証人瀬堀純一、同鷲見健一の各証言を総合すると、本件事故当時陸上自衛隊では車両の管理運用規則に基づいて、部隊長は車両を運行する場合、各車両毎に車長を任命しなければならないが、別命がなければその車両の乗車者及び乗務員中の上級先任者が車長となり、車長の任務は単車運行の場合、安全運行、経路の選定、速度の規整、休憩場所及び時間の選定及び配分、積荷の保全等の責に任ずると定められていたこと、一方、同規則によると、車両を運行する場合にはつとめて助手を乗務させなければならず、助手の任務として交通信号の注視、側方並びに後方に対する注意、必要に応じた車両の誘導、交通法規及び定められた規則の遵守について、操縦手に対して必要な助言を与えること等が規定されていること、しかしながら本件事故当時、右規則に基づく助手は、長距離運行等特殊な場合を除いて原則として配置しておらず、車長が助手席に同乗し、車長としての地位と責任に基づいて助手の任務をも遂行しているのが常態であつたこと、本件の場合も、瀬堀一尉において、本件事故車の車長として、本件事故車に同乗した隊員中最上級者であり、かつ、かつて駒門駐屯地に駐屯したことがあり、本件事故現場附近の地理に最も詳しい亡鶴田を任命し、助手は任命されていなかつたこと、本件事故車は事故当時単車で運行され、亡鶴田が助手席に同乗していたことがそれぞれ認められ、他に右認定を左右する証拠はない。
右認定の各事実によれば、亡鶴田は本件事故時車長として本件事故車の安全運行につき指揮監督権限と責任を有し、右の職務に従事していたものというべきである。そうだとするならば、亡鶴田は被告の安全配慮義務の履行補助者にあたるものといわざるを得ない。 3 そこで、亡鶴田に履行補助者としての注意義務違背があつたか否かの点について判断する。
本件事故は、亡池上が本件事故車を運転して廠舎踏切にさしかかつた際、右踏切の点滅信号付警報器が既に赤信号を点滅しており、事故車としては踏切手前で停車して列車の通過を待つてから通行すべきであるのにかかわらず停車することなく、そのまま踏切内に乗り入れたため発生したものであることは当事者間に争いがない。
そして、成立に争いのない甲第七号証、証人瀬堀純一、同鷲見健一、同木下洋の各証言によると、本件事故現場である廠舎踏切は駒門駐屯所の正門から南東方向に延びている直線道路上約一〇〇メートルの地点にある遮断機のない無人踏切で、亡鶴田も右踏切のあることを知つていたと判断されること、事故当時夕刻で霧がかかり始め多少視界は良くなかつたが右踏切の警報信号は七、八〇メートル先からも見える状況にあつたこと、ところが本件事故車は踏切手前で全く一時停止をすることなく、そのまま踏切内へ乗り入れたことがそれぞれ認められるうえ、本件において亡池上が亡鶴田の注意ないし命令をことさらに無視したとか、本件踏切の手前で一時停止することのできない事情があつたとかをうかがわせるような証拠が全くないことを併せ考えると、本件踏切にさしかかつた際、亡鶴田は運転者である亡池上に対して踏切の手前で一時停止するよう注意ないし命令を発しなかつたものと推認せざるを得ず、他に右推認を妨げるべき証拠もない。
4 そうだとするならば、本件事故は被告の安全配慮義務の履行補助者である亡鶴田の注意義務違反が一因を成しており、他の履行補助者である瀬堀一尉に注意義務違反があるか否かの点について判断するまでもなく、被告は安全配慮義務の不履行として本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。
5 しかしながら、亡鶴田について生じた損害については、前示のように本件事故は、同人と亡池上の踏切手前での一時停止という車両の運転にあたつて守るべき基本的注意義務を怠つたことによるもので、しかも踏切の存在を亡鶴田において予め知つていたと判断され、仮に知らなかつたとしても容易に現認し得る状況にあつたのであるから、原告ら主張のように瀬堀一尉において亡池上及び鶴田に対し予め踏切の所在等について注意を与えなかつた事実があつたとしても右をもつて安全配慮義務の不履行とまでいうことはできず、結局本件事故につき被告が安全配慮義務の不履行として責任を負うのは専ら亡鶴田の注意義務違反によるものというべく、そうだとするならば、被告に対し亡池上の過失を理由とし不法行為にもとづく損害賠償を求めるなら格別、安全配慮義務の不履行を理由としてその損害の賠償を求めることは信義則上許されないものというべきである。
したがつて、原告鶴田貞二、同鶴田トメ子の請求は、その余を判断するまでもなく、その理由がないものといわなければならない。
6 また、亡池上について生じた損害については、前示のように本件事故は亡池上が本件事故車の運転者として、他から注意ないし指示を受けるまでもなく当然に守るべき基本的な注意義務を怠つたことによつて生じたもので、同人の不注意が本件事故の主因を成しているものということができ、そうだとするならば亡池上の場合も、亡鶴田の履行補助者としての注意義務違反を理由としてその損害の賠償を求めることは信義則上できないものというべきである。したがつて原告池上弘、同池上さつきの請求は、その余を判断するまでもなく、その理由がないものといわなければならない。
三 損害<省略>
四 結論<省略>
(裁判官 小川昭二郎 片桐春一 金子順一)